過去の名馬

武豊騎手の思い出深い一頭のマーベラスサンデー!宝塚記念を優勝!

武豊騎手がデビューから引退まですべて手綱を取り続けた馬というのは、それほど多くありませんね。

その中でもこのマーベラスサンデーはクラシック戦線を戦っていないにも関わらず武豊騎手がずっと手綱を取り続けていました。

結局G1は宝塚記念だけだったのですが、印象に残るレースが凄く多い馬で管理人も大好きな馬の一頭ですね。そのマーベラスサンデーについて振り返ってみましょう。

サンデーサイレンスの初年度産駒

マーベラスサンデーは大種牡馬サンデーサイレンスの初年度産駒だったことはあまり知られていないかもしれません。

大種牡馬サンデーサイレンスの最高傑作は?産駒や種付け料など

父サンデーサイレンス、母モミジダンサーという血統で、栗東の大沢厩舎に所属していました。

牧場にいたころはかなり貧弱な馬体で買い手がつかなかったほどだったみたいです。しかし調教時代からかなり非凡な才能を見せていたようで、武邦彦調教師の管理するオースミタイクーンと調教を一緒にした際に圧倒したようです。

それを見た武邦彦氏は所属が決まっていた大沢調教師に息子の豊騎手を乗せてもらえるように依頼したようです。

しかしその調教直後から骨折が判明、また疝痛などもありデビューが大幅に遅れたようで、クラシックにギリギリ間に合うかどうかの1995年2月に新馬デビューを飾りました。

もちろんここで初勝利を挙げると、次走のゆきやなぎ賞でも勝利。一躍関西の秘密兵器的なクラシック候補になり毎日杯に登録しますが、再度骨折してしまいクラシックには間に合いませんでしたね。

ちなみにこの年のクラシックは皐月賞がジェニュイン、そして日本ダービーがタヤスツヨシとサンデーサイレンス産駒が大活躍しました。もしマーベラスサンデーが間に合っていたらどうだったのでしょうか?

一年の休養後快進撃!

そして一年間の休養の後、当時の馬齢表記でいえば5歳に戦列に復帰しましたね。

戦列に復帰したのが1996年の4月でこの復帰戦こそ4着に敗れてしまいましたが、その後自己条件戦を快勝、続く準オープンも快勝してオープン馬になっています。

しかもここからが凄かった。オープン入りした初戦のエプソムカップで重賞初勝利を挙げると、続く札幌記念、朝日チャレンジカップ、そして京都大賞典と重賞を4連勝しました。

先の条件線からの連勝は6にまで伸び、一年前にクラシックを意識させた逸材が完全に覚醒したことを告げるものでしたね。

初のG1は天皇賞・秋

そしていよいよG1への挑戦をすることになりました。まず最初のG1は天皇賞・秋でこの時の古馬勢はサクラローレルとマヤノトップガンという馬が立ちはだかっていました。

マーベラスサンデーの勢いは本物であることを確信していたファンは、1番人気サクラローレルに続く2番人気にマーベラスサンデーを推しました。

しかし、レースでは上手く立ち回った4歳馬(現3歳)のバブルガムフェローが優勝、マーベラスサンデーは2着マヤノトップガン、3着サクラローレルの後塵を拝すことに。

そして年末の有馬記念では3番人気の支持を集めましたが。1着サクラローレルに完敗の2着になりました。

しかし、この秋のG1戦線で評価は高まり、翌年には新三強時代の一角を担う存在にまでなりましたね。

天皇賞・春は名勝負!宝塚記念で悲願のG1制覇!

この新三強決戦となりました1997年春の天皇賞は今でも名勝負の一つとして数えられるレースとなっていますね。

結果は二強に屈しましたが、改めてマーベラスサンデーがG1級の馬であることを世間に知らしめたレースだと思います。

武豊騎手の名勝負第2弾!1997年天皇賞・春のマーベラスサンデー!

続く宝塚記念では、サクラローレル・マヤノトップガンが出場しないレースとなりましたので、絶対に勝たなければならないレースになりました。

ここでのライバルは前年の天皇賞・秋で苦杯を喫したバブルガムフェロー

最後ゴール前、、ライバルをクビ差だけ抑えて見事初のG1制覇を達成しました。

有馬記念がラストランに!

宝塚記念で初のG1を制覇して秋の目標はジャパンカップとなりましたが、競争中になんと4度目の骨折をしていたことが判明。目標を有馬記念1本に絞ることに。

そして迎えた有馬記念ですが、武豊騎手はエアグルーヴとの選択でマーベラスサンデーを選びましたね。

マーベラスはデビュー以来一度も武豊騎手以外の人が騎乗していなかったのもあったでしょうし、宝塚記念が終わった段階でオファーが来ていたでしょうから単純に先約ということだったのかもしれませんが。

そして有馬記念ではエアグルーヴを直線で競り落としたところで、シルクジャスティスの強襲にあい2着に敗れてしまいました。

翌年も現役続行の予定だったマーベラスサンデーですが、その春に屈腱炎を発症して引退することになってしまいました。

有馬記念は結果的にラストランになったのですが、そう考えると最後差されたのは惜しかったですね!

重賞では常に安定した成績を残し、G1以外の重賞はすべて勝利していることから見ても堅実な馬だったことがよくわかりますね。

しかしもう少し爆発力があれば、後1つや2つのG1を取れていたと思いますが、いかんせん脚元が弱かったのが影響しました。

ただ武豊騎手にとっても、想い出に残る馬になっています。それくらいいい馬だったのでしょう。

またこのような馬に巡り会えることを楽しみにしたいですね!